2018年7月14日土曜日

7月14日(土)青少年応援プロジェクト@奥多摩


 過疎化の町村にとって、地域づくりをどのように展開していくかということが、共通の課題です。奥多摩町では長年続いた町民運動会を今年度から廃止し、形を変えて地域づくりをしようという試みで開催されたのが、奥多摩スポーツフェスティバルでした。「誰もがスポーツ活動に参加するまちづくり」として、町民が一堂に会する町民体育祭に代わる事業を各団体の代表者と協力して検討を行った結果です。

今日の事業も昨年までは、少年少女スポーツ大会として開かれていたものを家庭、地域、学校が協働して児童生徒の成長を見守ってこうという内容でした。2020年のオリンピック・パラリンピックを控え、ラクロスのプロ選手を迎えてその体験談を披露、また、実践指導も交えて、有意義な催しとなりました。どんな競技でも世界に通用するには、並大抵の努力では成しえないことを参加した児童生徒の皆さんは感じたことでしょう。

さて、夕方からは、西多摩医師会の総会・記念講演会に参加しました。

演題は地域包括ケアシステムの構築について、大学教授であり、医学博士の講演です。市町村では、 団塊の世代が後期高齢者となる2025年に向けて、3年ごとの介護保険事業計画の策定・実施を通じて、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じた地域包括ケアシステムを構築していきます。そんな背景に鑑み、市町村における地域包括システム構築のプロセス、地域包括ケアシステム構築モデル例、地域包括ケアシステム構築へ向けた取組事例、全国の自治体から収集した先駆的な事例などを紹介しながら持論を唱えました。肩書とは裏腹に、丁寧な講義内容と真摯な姿勢には好感が持てました。特に、私の住む奥多摩町の事例に近い内容は大変参考になりました。

2018年7月13日金曜日

7月12日(木)~13日(金)はじめの一歩


 
  先週の小笠原に引き続き、神津島に研修に行ってまいりました。実はこの前々日から二日間は岡山への視察が入っていました。ご承知の通り、未曽有の災害を受けましたので、訪問は遠慮しようということになりました。被災を受けられた皆様には謹んでお悔やみ、お見舞い申し上げます。
 
さて、昨年の10月の末に奥多摩町と提携協定を結んだ神津島村に12~13日と訪れました。現在の奥多摩町議会の構成になってから訪問していないことも有り、今回の訪問となりました。出発日はあいにく曇り空で、調布飛行場を飛び立つ際には、条件付きの飛行となりました。現地上空の視界が悪ければ調布に戻ることが前提というものです。火案を抱きながらの飛行でしたが、島に近づくにつれ、視界も良好となり、無事神津島に到着しました。
 



村役場では、定住化対策、水道事業の実情、教育現場での取り組みなどの説明を受け、熱心な質疑応答が続きました。その後島内巡りを致しました。万が一東海沖の地震が起こった場合は、海抜30mは避難が必要とのこと、島内の発電所は水没し、島が機能しなくなるのが一番の心配と村の議員さんが話されました。最後に島一番の観光名所、赤崎の海水浴場に連れて行ってもらいました。写真のように子どもたちが高さを競って飛び込むのだそうです。




今回の研修の中で、やはり一番共感したのは、図書館内の併設された島小屋(放課後子ども教室)です。学習の補填をする教育係が子どもたちと一緒に学習、そして遊んでくれています。奥多摩町でも、働く親御さんのための放課後の学童保育も行われていますが、さらなる放課後の充実も必要だと考えます。学童保育は福祉課の管轄ですが、今こそ教育委員会の管轄にして放課後の充実を図るべきと考えます。なにも塾のようにとは言いませんが、躾や人間教育も含めた指導が必要と思います。神津島では図書館の運営と子の放課後子ども教室は教育委員会の管理でした。

協定を結んだ町と村の交流、今回は議会での訪問となりましたが、今後は町村民の交流事業にしようと奥多摩町では8月と11月に神津島ツアーを企画しています。町民皆様の応募を期待しています。こうしてはじめの一歩が踏み出されました。

2018年7月8日日曜日

7月8日(日)朝市と地域づくり

 
 
 

 異常気象の中で、西日本、東海地方を中心に雨による被害が拡大しています。雲は西から東に流れるということではなく居座り型、いつまでも降り続く線状降水帯の影響で、未曽有の被害が続いています。私自身も10~11日と岡山、鳥取の視察が入っていましたが、状況を考慮し延期を致しました。

さて、地域の有志による「朝市」、第二回目が開かれました。今回は野菜だけでなく盆栽まで現れました。これも100円です。今回も朝9時からの販売開始だったのですが、会場になった小丹波のコミュニティーセンターには、9時には多くの地元民がレジ袋を提げていました。なによりも人が集まり、会話を交わし合うことが大事なのだと買い物風景を見てつくづく感じました。
 

午後からは、町の福祉課が主催する第二回のみんなで助け合う「地域づくり住民交流会」が開かれました。今回はグループで、課題を出し合いました。テーマは「奥多摩に必要な助け合い活動」は?模造紙にそれぞれ思うことを書き綴り、その課題解決には、「誰が」「どこに」「どのように」働きかければよいかを語り合いました。11のグループの中から3組が発表するという内容でした。なかなかすんなりと課題解決の答えは出てきませんが、こうして、町民がひざを交えて話し合える機会が出来たことが肝要ではないかと考えます。次回は99日です。

午前も午後もやはり若い世代の参加者が少ないのは残念ですが、企画が合えば若い皆さんも参加してくれるものと思っています。

2018年7月3日火曜日

6月28日(火)~7月3日(火)国境離島を巡る


日常の生活に浸っていると、全てのことが当たり前で、そこに若干の不平不満と充足感が行ったり来たりするものです。今回の研修はあらゆる意味で、人が生きていくうえでの日常を見直す機会となりました。


 小笠原諸島返還50周年記念事業に参列するため、6月28日竹芝客船ターミナルを出港しました。7月3日に帰港するまでの6日間、小笠原村の現地調査も併せて行いました。小笠原村は2011年、世界遺産に登録されました。まさしく世界遺産たる雄大な自然は、見るものすべてが鮮やかなものでした。海の色、空の青、山の緑、自然の造形美、そして、6日に一度だけの「おがさわら丸」の唯一の交通手段がその環境を守っているのかもしれません。しかし、島民の安全安心を確保するための医療・防災の面では、離島共通の不安要素は解消されていません。


その不安を解消するために、平成20年に小笠原航空協議会が設置されました。村は、世界遺産たる自然を守る役目と村民の不安を解消する役目とを両立させるために、今も設置に向け関係機関との折衝を繰り返しています。「だめならダメと言ってほしい、次の手段を考えるから」航空路誘致に尽力している皆様は、こう切々と訴えています。長年の懸案事項である航空路設置には、世界遺産である島の環境を守りながら、1000m以上の滑走路を確保しなければなりません。付帯設備を含めるとそれ以上の長さが必要とのことです。






小笠原諸島返還50周年記念式典には、小池東京都知事と共に石井国土交通大臣もが列席され、返還50周年の祝辞を述べました。都知事はこの問題に言及し、滑走路予定候補地と1000mクラスの滑走路の設置の方向性を述べていましたが、小笠原村の皆様には、もうひとつ強い決意が伝わらなかったようです。「私の目の黒いうちに」という言葉をよく聞きますが、村の担当者や長年誘致に尽力された皆様の切なる気持ちが伝わってまいりました。もう一方で、利便性だけではなく、この環境をいつまでも守るべきだという村民の意見もいくつか伺うことが出来ました。一度東京都内など内地に赴けば、6日間は戻れません。出産のときは2ヶ月前に内地に行くそうです。【それでも小笠原村は子どもが多く、若い世代の家庭が多いのが特徴です。65歳以上の高齢化率はたったの15%です。特に若い世代に対する施策は行っていませんが、こどもは毎年増え続け、学校も建て直す方向で動いています。保育園は保育士不足もあり4歳児からの入園です。3歳児以下を育てている母親は、仕事に就いておらず、それでも不満そうな雰囲気がなく、生活環境にも満足し、自宅で子育てを楽しんでいる様子でした。基本的な魅力が島にあるということなのでしょうか。】


話を戻します。出産も内地ですが、親の死に目に会えないこともしばしばあるようです。内地での治療、療養で島に帰れない状況での最期を迎えざるを得ないことが悩みの種です。


そんな事情を勘案して、村では有料老人ホームを診療所に併設、ベッドを12床用意し、内地から帰って看取りもできる状態で運営しています。一般的には、入所時等相当な費用を必要としますが、村では一般会計からその費用を捻出しています。高齢者への配慮が伺える政策です。


さて、自然豊かな小笠原諸島ですが、有名なアオウミガメの産卵場の見学もさせていただきました。その生態、一生はウナギやサケなどと同様、苦難の連続です。村では、ウミガメの保護を目的として、産卵場の整備を朝5時から行っています。その一方で、捕獲頭数に制限を設け、地元の郷土料理として飲食店、民宿等で刺身や煮込み料理として提供しています。試食いたしましたが、なぜか複雑な思いも致しました。不便ではあるが、子どもが増えつつある小笠原村の父島、母島、豊かな暮らしとは何か、住み続けたい町、住み続けたい村とは何か・・・不便ではあるがその幸福感の高さに驚かされました。





最終日父島を離れる「おがさわら丸」を見送るため、村の皆様が父島二見港に集まってくれました。船が港を離れてもいつまでも手を振ってくれている島民の皆様、小学生も堤防から飛び込んで海中から手を振ります。漁船やヨットも何十艘も「おがさわら丸」と並走した後はこれも海上へのダイビングで見送りです。私たちも船上から力の限り手を振ります。幸福感を持った島民皆様の「おもてなし」を充分に肌で感じ、竹芝港への船旅となりました。


この小笠原諸島以外にも国境離島が我が国には点在し、日本人としての誇りを胸に家族と領土を守っている。まだ終わっていない硫黄島の遺骨収集など課題も残っているとのことでした。


返還され50年、歴史を刻んだ小笠原村ですが、この小笠原諸島の返還に尽力したのは、衆議院議員を10期勤めた福田篤泰氏でした。



旧東京7区、その後の東京11区(中選挙区で町田市まで含む広い選挙区だった)三多摩を地盤として活躍し、郵政大臣も勤めた私たちの大先輩の政治家でした。米国との再三の交渉の末、返還にこぎつけたという経緯を今回初めて知りました。その胸像が父島二見港を見下ろす丘に建っていました。小笠原村議会議長の案内でその歴史を確認いたしました。この研修で、私は沢山の経験を積むことができました。このような機会を与えていただきました町民皆様はじめ町村議会事務局、奥多摩町、東京都に深く感謝致します。

2018年6月20日水曜日

6月20日(水)激しい雨の中を

 
午前中、激しい雨が降り続きました。そんな中を奥多摩町の福祉会館には多くの方が集まりました。奥多摩町民謡連盟が主催する踊りの発表会、「高齢者慰安おさらい会」が開かれました。身近な話題、好きなこと、興味があるところに人は集まります。初心者からベテランまでが30の演目が発表されました。踊り手と観客が一体となって楽しい会となりました。演目の中にも私達をうならせるような演技を魅せていただきました。会場が溢れる所以でしょうか。高齢者と銘打っていますが、そこは若さあふれる会場でした。なんと90歳の方も若さをアピールしていました。会館を埋め尽くす観衆、立ち見で溢れる人たち、9割以上が女性でした。このエネルギーはどこからくるのか、町づくりのヒントを垣間見ました。

2018年6月16日土曜日

6月16日(土)P連頑張れ


今日は奥多摩川の鮎解禁日でした。好きな鮎釣りの為には、どんなに忙しくても、どこが釣れるかを判断する下見は欠かさなかった自分でしたが、今回はぶっつけ本番でいつもの場所に入りました。残念ながら今年は放流した鮎がその場所には少なく、というよりほとんど私の視界には姿が見えませんでした。お昼から仕事だったので、その場所から離れる勇気もなく1時間半粘りましたが、とうとう一匹も釣れずにご帰還という情けなさでした。ほかの地区に入った仲間は、40尾近く釣って意気揚々と閉会式に参加していました。

さて、そのお昼からは、奥多摩町立小中学校PTA連絡協議会 略して「P連」の定期総会が開催されました。

以前は、小学校2校中学校2校の計4校で組織されていましたが、二つの中学校が統合され、奥多摩中学校の開校により、三つの学校で組織です。中学校がひとつになったことで、役員の選出もいろいろな課題解決や諸問題も各地域から其々の立場で出されることでしょう。そういう意味で、小中連携も含めて、この「P連」の果たす役目が増えたのではないか、本当の意味で「P連」の活動が児童生徒の学校生活に直結する時が来たような気がします。しかし今年の総会では今までに行っていた啓発事業が計画案から外され、予算も縮小されていました。理由は、集客や講師の選定が「大変だ」とのこと。ちょっと残念です。子どもたちのために、いや自分たち大人の為にも必要なのではと思うのですが、、、

2018年6月10日日曜日

6月10日(日)朝市とカヌーとなつメロ






梅雨入りして夏の日差しが続きましたが、前線と台風の影響で朝から雨模様の日曜日となりました。

かねてから地域の活性と地場野菜を地元の方々で消費するサイクルを作ろうとプランニングしていた地域の有志による「朝市」が開かれました。奥多摩町の野菜作りをしている皆様は、販売ルートに乗せて生産をしている方は少なく、ほとんどが家庭用、そしてご近所におすそ分けというタイプの方が多いようです。そこで今回の企画になったわけですが、朝9時からの販売開始だったのですが、会場になった小丹波のコミュニティーセンターには、9時には多くの地元民がレジ袋を提げていました。今後も季節に応じた旬の野菜、お花を集めて地域住民の輪を広げていただけたらと思いました。この催しは、11月まで毎月第2週の日曜日に開催されるそうです。次回は7月8日の日曜日、是非出かけてみてください。

10時からは氷川キャンプ場から白丸湖までの約2キロ半の流程で競われる「奥多摩カップカヌー大会」が開かれました。参加者は地元民だけでなく、関東近県からの出場者もいて、盛大に行われました。出場者に今日の天候を聞きましたが、水上競技だけに、「雨は関係ない」とのことでした。当然ですね。

その後奥多摩懐メロ会主催のカラオケ大会に参加しました。この催しは毎年の恒例となり参加費用の一部は社会福祉協議会に寄付され、地域貢献事業として貢献されています。会場には多くの地域のカラオケ愛好者で埋まり、賑やかなお祭りとなりました。地元「こ組囃子連」の子どもたちのお囃子も参加し、会を盛り上げてくれました。私の歌は「みちのく一人旅」でした。